NとKと八丈島
by 星野概念
大学生の頃、仲の良かったKと八丈島に旅行に行きました。きっかけは、同級生でもう一人仲の良かったNが所属するスキューバダイビング部の合宿が、八丈島で行われたことでした。当時Nは、同じ部の先輩に恋をしていました。その恋が実るかどうかは予想できませんでしたが、なんといっても夏の八丈島。Nの恋に何かしらの変化が起こらないはずがありません。Kと僕は、Nの恋のゆくえを見届けるために、Nには内緒で八丈島行きの飛行機に乗りました。
羽田空港から55分間のフライトを経て灼熱の八丈島へ上陸。まず目についたのが、「あしたば」という文字の多さで、看板や店の前ののぼりなど、色々な場所に書いてありました。昼食のために入った料理屋であしたばの天ぷらを食べ、食後には歩きながらあしたばソフトクリームを食べました。ソフトクリーム屋さんにいた、母親世代と思われる女性には、「八丈島の人はあしたばを食べてるからセルライトがないのよ。お母さんにも教えてあげて。私にはセルライトあるけど」と言われたのをよく覚えています。その時の僕はセルライトのことを知らず、「セルライト=セロハンでできた照明器具?」くらいに思っていたので、あしたばとどうやって結びつくんだろうと思いましたが、今はセルライトを知っています。というか、セルライトの分からなさゆえに、その人に「セルライトあるんかい!」といった反応をできなかったのは、今でも思い出す悔しい記憶の一つです。
ソフトクリームを食べ終わる頃には海に着き、釣り道具を借りて、エサであるオキアミを買い、防波堤から釣りをしました。我々の目論見としては、釣った新鮮な魚を、地元の人を装ってスキューバダイビング部の合宿所へ持って行き、驚かせた流れでNと先輩を良い仲にするというものでした。あれ? 書いてて初めて思いましたが、もしかしたらKと僕は合宿が楽しそうで羨ましくて、仲間に入れてもらいたかっただけかもしれません。だって、Nの恋を成就させるためにはロマンチックなシチュエーションを演出する必要がありそうですが、鮮魚が運ばれてきたのがきっかけで実った恋なんて聞いたことがありません。今考えたら、「え、Kくんと星野くん、なんでいるの? ていうかなんで魚持ってるの? おもしろーい 一緒に食べようよ」という、自分たちがただただ目立ち、輪の中に入れてもらえるような稚拙な空想を描いていただけのような気がします。なんて浅はかだったんだ……。でも、この計画は実際には実現しませんでした。
以前から、Kとは頻繁に釣りに出かけていましたが、八丈島での防波堤釣りでは我々の釣り史上、圧倒的な大漁でした。入れ食いというのはきっとあのような状態のことで、ムロアジがひっきりなしに釣竿を引っ張ります。こんな手応え味わったことがない! と興奮が止まらず所作が雑になってしまった僕が、時たま釣れるダツという鋭く尖った魚に刺さりそうになったり、Kがウツボを釣り上げたりして、キャァキャァ言いながらすぐに2時間。その頃には合宿所に行っている場合ではないという判断が下されました。Nの恋路は気になります。でも、それよりも目の前の漁獲量にうっとりとしてしまったKと僕。
テント泊をしようと思っていた我々ですが、自分たちで釣った魚を食べたい気持ちが強くなり、奮発して釣り宿に宿泊し、魚を捌いてもらって食べることにしました。その時の感動は今でも覚えていて、二人とも間違いなく自分の許容量を超えて食べ過ぎました。その翌日、早朝から釣り宿の船に乗せてもらい、初めての海釣りに行きましたが、僕は船酔いをして、前日の防波堤ごともどす勢いで船のトイレから出られませんでした。本当は、帰りには「あそこ寿司」という衝撃的な名前の名店で島寿司を食べることをこの旅の一つの目的としていたのですが、釣り宿に泊まったために資金不足になり断念しました。「あそこ寿司」は、少し歩いたあそこにあるのに……、という思いを残して帰ったのでした。
この八丈島での体験が忘れられず、Kと僕は毎年八丈島に行くようになりました。自転車で島を回って、夜に岩の上で二人で寝転んで、星が降ってきそうな空を眺めるなどの、テンプレートのような青春的体験も共有しました。もちろん、「あそこ寿司」にも行って、島寿司を堪能しました。年単位でお預けをされていた島寿司はおいしかったなぁ。Nは、我々があの年の八丈島にいたことは、いまだに知りません。彼はほどなくして部の先輩ではなく後輩と交際して結婚。今では精神科の同僚です。Kは別の病院の別の診療科に勤務していますが連絡は取り合っています。海釣りの船に揺られてもビクともしなかったKは、今でも海沿いに住んでいて、先日も「ワラサを釣った!」と満面の笑みを浮かべた写真が送られてきました。ワラサを釣るなんて、Kの釣りの腕はだいぶ上がったのでしょう。羨ましいです。
大学時代、僕は音楽や文学など、基本的には非常に内向的に過ごしていました。八丈島はその時の僕にとっても、僕の脳内で再生される思い出としても、とびきりトロピカルでキラキラと光り輝いている場所なのです。
(2021年8月28日)