DANCE TRUCK TOKYO
DANCE TRUCK TOKYO 2019
STORY HIGASHI-OJIMA

「東京の15のはなし」
DANCE TRUCK TOKYOとパラレルに展開する、15人の作家が語る、15のものがたり。

vol.7 東大島: 藤原ちから(アーティスト・批評家/orangcosong)



近いけれどとても遠いところ
by 藤原ちから

東大島の駅に降り立つ。

なんとなく「端っこ」感が漂う……のは、ここが「江戸」の端っこだったせいもあるのかもしれない。

「江戸」は当初はかなり曖昧な領域を指していたらしく、徐々にその範囲も拡張されていった。19世紀のはじめになってようやく「東端は中川まで」と決まったらしい。この駅がまたがっている旧中川が、まさにその境界線ということになるのだろう。曖昧でもいいや、とされていた領域に、ちゃんと境界線を引かねばならん、となった背景には、いったいどんな力学が働いたのだろうか。

旧中川は、この駅のすぐ南のあたりで、より大きくうねっている荒川に注ぎ込む。そこに、奇妙な存在感を放つ塔が見えるはずだ。2019年に『演劇クエスト』という作品のリサーチでこのあたりを歩いた時に、わたしはこの塔を見つけて、登ってみた。それは登りたくなるような塔だった。もしも登るようなことがあるなら、風の強い日は少し気をつけたほうがいい。塔のてっぺんからは、荒川をはさんだ対岸に、高速道路を走っていく車の流れが見える。

東京都現代美術館で冒険を開始した「あなた」は、江東区周辺をあちこちたらい回しにされた後、バスで明治通り沿いの「北砂二丁目」に向かい、長い商店街(砂町銀座)をひたすら東へと歩いていく。やがて荒川の河川敷に出て、この塔に吸い寄せられる。そして何かの境界まで到達した、という達成感を味わいながら、これまでの人生で触れてきた「東京」のカタチを再認識することになる……。そんな絵が浮かんだ。よし、この塔は『演劇クエスト』のハイライトになりそうだ。

しかしそれはあくまで表向きのストーリーラインだった。いっぽうでわたしは、ある土地においてサイトスペシフィックな作品が上演される時、その土地特有の力のようなもの(ヴァルター・ベンヤミンにならって、それを「ゲニウス・ロキ=土地の精霊」と呼んでいる)が、作家個人の思惑をしばしば凌駕してしまうことも思い知っている。だから、そういうストーリーラインから逸脱するような、とてもコントロールできなさそうな存在も、ルートに埋め込んでおきたかった。

その店を最初に「発見」したのは、ここ数年、『演劇クエスト』にイラストレーターとして加わっている進士遙さんだった。彼女がLINEで、末広通り商店街がおもしろい、特にこのお店が気になる……と写真を送ってくれたのだ。たしかに、一見すると何屋かよくわからない、「常識」を逸脱したようなその店構えに惹かれるものがあり、数日後、その店をひとりで訪ねてみた。

ここはいったい、弁当屋なのか、飲み屋なのか……。店先に佇んでいたおじさんに聞くと、今は休憩っぽい時間で、夕方くらいから開けるよ、とのことだった。そもそも、その人が店員なのかもよくわからなかった。日を改めてまた夜の時間に再訪してみた。焼酎のウーロン割りをちびちび飲んで、ぼーっとしてみる。特に大きなできごとは起こらなかった。また別の日に訪ねてみる。テーブルに家族連れがいて賑わっている。お惣菜だけ買って帰る人もいる。この地域の住民たちにとって、ふだんづかいのお店になっているようだ。この辺で見ない顔の人間がひとりで来るのは珍しいみたいで、そのうち店員さんたちともぽつりぽつりと話すようになった。ある日、「社長」と呼ばれるオーナーらしき人物が別のテーブルで飲んでいて、なんとなく招かれお酒を振る舞ってもらった。わたしが、作品のリサーチでこのあたりを歩いてるんです、と自己紹介すると、社長は関心を示して、地下の娯楽室に案内してくれた……。社長によると、屋上も含め、この建物は地震や水害といった災害時にはシェルターにもなるように設計しているらしい。また別の日には誕生日パーティにも混ぜてもらい、その地下室で一緒に飲んでカラオケをした……。

……あれから、コロナがやってきて、わたしは横浜の自宅に籠もり、たまに周辺を散歩する、という生活をしている。東京にはこの1年、一度も足を踏み入れていない。東大島の駅も、あの塔も、そこから見える荒川の景色も、記憶の中に霞んでいる。

あの店はどうなっただろう。みんな元気にしているだろうか……。気になってGoogle Mapsを覗いてみたら、おや……? 口コミがなんと85件もあり、4.2の高評価がついている。2年前は口コミなんてほとんどなかったのに……とひとつひとつ読んでいくと、どうやらテレビに何度か取り上げられたらしい。わたしは嬉しいような、ちょっとだけ寂しいような、複雑な気持ちになった。行きつけだった店がテレビに出て有名店になっちゃった、みたいな話はよく聞くけど、こんな感じなんだろうか……。

口コミによればコロナ対策にはかなり気をつけているらしく、あの地下室も今は使えないようだ。そういうことが、こうして遠隔でもわかってしまうこと、わかったような気になってしまうことに戦慄しつつ、今あのカウンターに立っているのが、前と同じ店員さんたちなのか、それとも別の誰かに変わってしまったのか、そういう、わたしの知りたい肝心な情報はそこからは得られなかった。

いずれ、安心して東京に行けるようになったら、訪ねてみよう。それがいつになるかはわからないけど……。だからもし、このエッセイを読んで、あなたが店を訪ねるようなことがあったら、どんな様子だったか、こっそりわたしに教えてほしい。みんなに見えるようにではなく、あくまで個人的なお便りとして。

……と書いたら、わたしのパートナーが「五番街のマリーやな」と言った。なるほどたしかに。それならば、と、「五番街のマリーへ」の最後のフレーズにならってこんなふうに書き足してみる。


 東京は近いけれどとても遠いところ。悪いけれどそんな思い察してほしい。


わたしは今横浜の自宅にいてこれを書いている。近いけれどとても遠い、横浜から東京への距離を、わたしから東京への距離を、想像力で埋めようと試みる。東大島の駅を。あの塔を。そこから見える荒川の景色を。そしてそこに出現するであろうトラックを。思い浮かべてみる。延期されたこの公演は、今度は無事に上演されるだろうか。すべてが頼りない。過去の記憶も。未来の予定も。それでも人は何かをせずにはいられない。営まざるをえない。

再びクチコミに戻ると、あの店の、弁当詰め放題の値段は、300円から350円に変わったらしい、この4月から。ルールは変わる。変わらざるをえないだろう。それでも人は何かをするし、売り買いするし、踊るし、歌うし、生きていく。
(2021年4月23日)





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