DANCE TRUCK TOKYO
DANCE TRUCK TOKYO 2019
STORY

「東京の15のはなし」
DANCE TRUCK TOKYOとパラレルに展開する、15人の作家が語る、15のものがたり。

vol.3 狛江:清原惟(映画監督)



多摩川のはなし
by 清原惟

 橋を渡る電車の窓明かりが、空よりも明るくなっていく時間。今にも雨が降りそうな厚い雲がかかっているが、それでも河原には何人かの姿がある。ピクニックをしている女のひとたちのグループ。川岸で語らっている男女。草むらの静かなバッタの親子。橋の下でひとりアルトサックスの練習をしている高校生。それぞれが好きなように過ごしている。片方に電車が通る橋があって、もう片方には人と車のための橋がある。
 毎日のようにあの電車に乗っていたのに、こちら側に降り立ったのは、覚えている限り一度だけだった。その日は大粒の雨が降っていて、高校生だったわたしと友だちの百々子は、新宿まで30kmの道のりを歩こうと、張り切って家を出た。歩いているうちに雨がどんどん強まっていき、傘だけでは心もとないと思い、生田駅で100円ショップに寄りレインコートを買った。しばらくするとレインコートは風でめくれて隙間から水が入り、体はあっという間にびしょ濡れになった。わたしたちは橋を渡る。見下ろしてみると、多摩川は茶色く濁流になっていた。橋を渡りきり、すこし河原に降りてみる。誰もひとがいない。和泉多摩川駅のモスバーカーで休憩する。椅子に座ってまじまじとみる自分の靴はびしょ濡れで、足裏の皮がふやけていた。
 都心から小田急線に乗って多摩川を渡ると、もうすぐ家に帰るのだという実感がわいてくる。夜は川沿いのマンションや街灯がさみしそうに光っていて、それが好きだった。東京の都心から郊外へ向かっていく電車は、だんだん駅と駅の間が長くなり、同時に車窓から見える街並みにもゆとりがうまれ、灯りの少ない景色へと変わっていく。多摩川はそのはざまにある場所だ。東京と神奈川を隔てているというのもあるかもしれないが、川のあちら側とこちら側の間には、やわらかな境界線があるように思える。
 日暮れが近づくと、釣りをしに何人かがやってきた。中学生くらいの男の子たちが連れだって、和気あいあいと釣り糸をたれる。その横に、ひとりで釣りをしている中年の男のひとがいる。何が釣れるのかと聞くと、「ブラックバスとか鯉だよ」と教えてくれる。わたしがカメラを持っていたので、そのひとはわたしのことを撮り鉄だと思ったみたいだった。そろそろ帰ろうと思っていると、グラウンドのような開けた場所で、白いポメラニアンみたいな犬がリードをつけずに走っているのがみえた。その様子をしばらくみていると、犬は飼い主のそばを離れこちらに走ってきて、わたしの顔をなめまわした。対岸の登戸駅のちかくで友だちから自転車をもらったことがある。カゴにラッピング用のリボンがたくさん結ばれていて、その自転車はリボン号という名前にしたことを思い出す。ぼんやりとあちら側を見ていると、雨がぽつりと顔に当たった。




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