DANCE TRUCK TOKYO
DANCE TRUCK TOKYO 2021
STORY NAKANO

「東京の15のはなし」
DANCE TRUCK TOKYOとパラレルに展開する、15人の作家が語る、15のものがたり。

vol.8 中野:北川陽子(脚本家・演出家/FAIFAI主宰)



中野ブロードウェイ
by 北川陽子

あさ、中野ブロードウェイの気分で髪をとかすのは楽しい。懐かしいもの、古いもの、これから古くなってゆくもの、思い出を乗せた戦艦みたい、縦長の、迷路のような建物に吸い込まれていく感じ。乗り込むとゆう感覚。子ども時代に大好きだったおもちゃを見つけては時めくのだろうし、人の思い出までも勝手に見つけて胸がキュンとしてしまうから、いつ訪れても忙しない。少し面倒くさいような気にもなる。勝手なもの。

北口を出て中野サンモール商店街を抜け、なぜか2階を通り越して3階に着いてしまうエスカレーターに乗って、南側の階段をひとつ登る。
わたしはいつも、上から攻める戦法。
まず4階にあるドール専門店、ここに流れてくるドールたちを眺める。母からの初めてのクリスマスプレゼントは旧タカラの和製バービー、通称タカラバービー。米マテル社のバービーを日本人が好む顔立ちで発売したもので、ドール好きだった母もきっと、魅せられてしまったのだ。包み紙を開けた時の、あの気持ち。心が、ドキドキする。何時でも瑞々しく思い出せる。
裾がカールしたブロンドの髪、ブラウンの瞳に白いアイシャドウ。七色の光沢のあるフリルたっぷりのピンクのドレスに宝石が散りばめられていて、銀の、ハート型にくり抜かれたピアスが揺れる。クリアソールにシルバーラメ、先端に銀のプレートがついた靴。そして、ピンクいろの石が埋め込まれた王冠。ばらいろの、バービーの国。王様であるバービー以外は想像で物語を作り、とにかく毎日、ボディが真っ黒になるまで遊んだ。

そのファーストドールが大切すぎて捨てられず、手垢で黒くなったボディと鼻の先端をベンジンで綺麗に拭いて保管してある。ボディは問題ないが、顔全体を拭いてしまうとチークやアイプリントが剥げてしまうため鼻だけをそっと拭く。強めの汚れにはシンナーを使うが、これには細心の注意が必要。
大人になってから植毛が甘い事に気づいて、頭皮の毛穴が気になる。植毛して毛量を増やすか悩んだけれど、髪の材質がトヨカロンかサランか、わたしでは判断がつかないし、そのままの彼女でいてもらう事にした。
植毛の具合で当時の経営状況や方針を想像してしまうが、ドール本体もドレスも日本製で、凝ったデザインと付属品がついて今考えると大変安価だったと思う。瞳の中の星も職人がひとつひとつ手で打っていて、ぷっくりとしている。生き生きとした瞳。

その後マテル社との契約が切れ、バービーはジェニーと名を変え再デビュー。その時の公式設定が、ミュージカル「ジェニー」に主演したバービーが大成功を収め、そのヒロインの名前の「ジェニー」をバービーが名乗る事となった。とされている。幼い私は全く戸惑わない。ああ、そうなんだと思った。既に膨大な物語を越えてきた私と彼女に、ありえない設定などなかった。

後にマリーンやシオンといった人気のジェニーフレンドも発売され、フレンドの総数もとても多く、歴代ボーイフレンドも7、8人。ロサンゼルス出身、8月生まれの17歳。父は映画プロデューサー、母はデザイナー、職業モデルというかなりアッパーな設定のジェニー。全く仲良くなれなそうな彼女だけれど、私の最も古い友達である。
よく物を捨ててしまう私に、ドールだけは捨てないでと母はよく言っていた。
母の葬儀の日にわたしの家には泥棒が入って、宝石や時計は全部なくなってしまって、母の形見といえばヴィンテージのマテル製バービー。母からの手紙入り。「あなたにプレゼント。お母さんより」と書いてある。
日本製の、優しげに微笑むジェニーとは対照的な、斜めを見つめる目線にツンとした表情のマテルバービー。着ている服もとてもおしゃれ。これもまた、とても好きと思う。

4階から地下まで、わりと隈なく見て歩き、本を買い、ついでに薬局で必要なものを揃え、締め括りになないろ七段のアイスクリームを食べようか、と毎度思うけれど、ひとりだし、食べきれない気がして結局いつも天津をお土産に包んでもらって地上に出る。
ひとりブロードウェイを歩くと、高まったり、いろいろ考えてしまって虚しくなったり、また高まったり忙しい。けれど家路につく頃には、もうけろりとして、夕飯は何にしようかと考えている。

古いものに惹かれるのはよくない事かもしれないと、罪悪感もあるのだけれど、思い出とこんなに距離が出来てしまっていて、二度と戻れないから、すごく良い。と思うようになった。距離がなければ知りようもない、時めきと寂しさが両方ある事はとても豊か、と思う。人の好きなところ。
新しさも懐かしさも、全然手放さずにいってやろうと思う。とても強欲である。

とはいえ、好ましい物があっても財布はわりと堅い。
こういったものは、手に入れてしまうと少し輝きを失う事もあるから、ガラスケース越しに焦がれるのが良い。
わたしはこの場所を、ほとんど私の倉庫のように思っているところがあるのではないか。どれ、倉庫を眺めに行きましょうか。という具合に。図々しい。

これも今となっては少し前の思い出で、距離が出来てしまっている。また気軽に出かけて過去を見つける未来に、期待していようと思う。また会いに行きます、愛しのジェニー。わたし生きて、きっとふたたびお目にかかります。
(2021年5月14日)





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